大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和59年(行ツ)252号 判決 1984年9月27日

上告人

佐藤友喜

右訴訟代理人

村松敦子

増田祥

高橋輝雄

鹿又喜治

被上告人

山形県選挙管理委員会

右代表者委員長

高橋敬義

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人村松敦子、同増田祥、同高橋輝雄、同鹿又喜治の上告理由一について

論旨は、要するに、本件選挙区たる余目町に佐藤東一という地方的に著名な人物が実在している以上、「佐藤東一」と記載された投票は、同人を指向したものとして無効とすべきものであり、候補者佐藤登市に対する有効投票と認めることはできない、というのである。

しかしながら、原判決の認定するところによれば、右佐藤東一は、郷土史研究家としてはある程度の知名度を有していた者であるが、本件選挙当時既に八六歳の高齢であつて、同町の町政に若干関係したこととしては、三〇年ほども前一度教育委員に立候補して当選し、約六か月間同委員として在職したことがあるのみで、これを除けば終始文化関係の活動に従事していて、町政に関し格別の政治的活動をしたことはないというのであり、一方、本件選挙の選挙人の中には候補者佐藤登市の氏名を「佐藤東一」と表記するものと誤認していた者のいることが推測される事情も認められるというのであるから、このような事情がある場合には、「佐藤東一」と記載された投票は、右実在人を指向したものと推認すべきものではなく、候補者佐藤登市に対する有効投票と認めるのが相当である。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同二について

「ともき」と記載された投票が、その名前の文字の字体、配列と各点との位置関係及び右各点の形状から見て、有意の他事記載のある投票として無効であるとした原審の判断は、正当として是認するに足り、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(和田誠一 藤﨑萬里 谷口正孝 角田禮次郎 矢口洪一)

上告代理人村松敦子、同増田祥、同高橋輝雄、同鹿又喜治の上告理由

原判決は、公職選挙法及びこれらに関する最高裁判所の判例の解釈、適用を誤つたものであり、それが上告人の本件請求を却りぞけた結論を導き出す基本原因となつているので、原判決は破棄されなければならない。

一 「佐藤東一」と記載された投票の効力について

(一) 原判決は『佐藤東一は、余目町の町政に若干関係があるものとしては教育委員になつたことであるが、それも本件選挙から三〇年ほども前のことであり、これを除けば終始文化関係の活動に従事していて町政に関し格別の政治活動をしたことはなく、本件選挙当時八六才の高齢であつたことも考慮すると、郷土史研究家としてある程度知られていたとはいえ、本件選挙民が同人を立候補者として誤認するような事情にはなかつたものと認めるのが相当である。同人が右のような文化活動によりある程度の知名度を有していたからといつてただちに「佐藤東一」の記載が同人を指向してなされたと認むべき特別の事情があるとはいえない。』と認定し、『選挙人は、真摯に選挙権を行使し候補者に投票する意思をもつて投票を記載したと推定すべきであるから投票に記載された氏名と同じ氏名をもつ者が同一選挙区内に実在する場合でも、投票の記載がその実在人を指向するものと認められるためには、その者が地方的に著名であるなどその記載が特に当該実在人を表示したと推認すべき特段の事情があることを要し、そのような特段の事情がない限り、右投票が候補者の氏名を正確に記載したものでなくても候補者の氏名に類似した氏名を記載したものであり、その記載が当該候補者を表示したと認められるときは、その投票は当該候補者の有効投票と解すべきである(最高裁判所昭和五〇年(行ツ)第一〇五・一〇六号、昭和五一年六月三〇日第二小法廷判決参照)ところ、さきに認定、説示したところからすれば「佐藤東一」という投票の記載が実在の佐藤東一を表示したと推認すべき特段の事情があつたとは認められず、右投票の記載は訴外登市を表示したと認められるから、右投票は同人の有効投票と認めるのが相当である。』と判示した。

しかし、右判断は、公職選挙法六七条、六八条一項二号の解釈・適用を誤つたもので、判決に影響を及ぼすものであり、また右各条項に関する最高裁判所の判例の解釈・適用を誤つたものであるから破棄を免れない。

(二) 本件選挙の場合「佐藤東一」という候補者は存在しなかつた。従つて右票は候補者でない者の氏名が記載された場合にあたるから形式的には法六八条一項二号前段の無効票である。

ところで法六七条は投票の効力についてその決定は、無効投票の規定に反しない限りにおいて、その投票した選挙人の意思が明白でなければ、その投票を有効とするようにしなければならない旨定める。

そこで、本件については、「佐藤東一」票が七六条に照らしても候補者でない者の記載として、無効とされるべきか、もしくは「佐藤登市」との類似性を認め同人に投票した意思が明白であるとして有効とするのかが、問題となる。

(三) 投票を有効とするか無効とするかは、選挙管理者の判断(決定)によるものであるが、(法六七条)この決定に公平さが保たれているか否かは、国民の選挙に対する信頼を左右するもので選挙制度の存続にかかわる事ママ大な問題である。

従つて法六七条による選挙管理者の決定権は自由裁量にまかされるものではなく、法六七条の厳格な運用を求めているものである。

従つて形式的に法六八条のいずれかに該当し無効票が問題となつている票について、それを法六七条後段により有効とするについては、法六八条の規定に反しない措置であることが十分吟味されなければならない。

(四) 原判決は本件「佐藤東一」票を有効と解する根拠として、先に示したとおり、最高裁判所昭和五一年六月三〇日小法廷を引用するが、右最高裁判例は、

『思うに、候補者制度をとる現行公職選挙法のもとにおいては、選挙人は候補者に投票する意思をもつて投票を記載したと推定すべきであり、また法六七条後段及び法六八条の二の規定の趣旨に徴すれば、選挙人は真摯に選挙権を行使しようとする意思、すなわち適法有効な投票をしようとする意思で投票を記載したと推定すべきである。』と判示するが、また一方『もつとも、この投票を有効とする推定にも合理的な限界があり、例えば、投票の記載によつては必ずしも投票意思を明確にしがたいものを、その記載と特定の候補者の氏名との間に若干の類似性があるからといつて、これを手がかりとしてたやすく右候補の有効得票と解することは許されないというべきである。』

と判示するものである。

すなわち選挙人の選挙意思を積極的に解しながらも、有効票と推定するには合理的な限界があるとして歯止めをかけている。そして投票に記載された氏名と同じ氏名をもママ実在人がある場合、類似名の候補者の有効票と推定する限界を超えるものとして『(実在人が)地方的に著名であるなど、その記載が特に当該実在人を表示したと推認すべき特段の事情があること』

をあげている。

すなわち実在人が『地方的に著名である』というような事情が存在する場合には類似名の候補者の有効票と推定する合理性の限界の外になると判示しているのである。

(五) ところで、本件の場合、佐藤東一が本件選挙区たる余目町内に実在する人物であつて、昭和二七年余目町教育委員選挙に立候補して当選したことがあり、「最上川土地改良区史」の編集に従事するなど郷土史に関する研究、執筆活動に携わり、文化活動の功績により昭和五四年に余目町名誉町民となつて同町役場発行の広報誌に掲載され、昭和五六年三月と翌五七年八月同町立図書館主催の同町郷土史研究講座の講師となつたことがあること、昭和二六年一二月「荘内の文化遺産」を著し、昭和三三年四月五日余目町役場発行の「余目町古文書目録」の監修、昭和四四年一月三〇日余目町長富樫義雄発行の「余目町史年表」の編集を担当し、郷土の歴史、文化遺産の研究、発表に活躍し、昭和三四年一一月第二回高山樗牛賞、昭和四三年一一月勲五等瑞宝章、昭和四四年第一五回斎藤茂吉文化賞を受けたこと等は当事者間にも争いのない事実として原判決の認めるところである。

すなわち、実在人佐藤東一は、文化面の活動が主であれ、余目町において著名な人物であつたこと、地方的著名人であつたことには疑いがない。

従つて、右最高裁判所の解釈を基準として判断するのであれば、本件「佐藤東一」票は有効票の推定の合理性の限界の外にあるものである。

ところが原判決は、この地方的著名性について「格別の政治的活動」をしたことを必要とし、かつ「投票者が実在人が立候補者と誤認して投票をしたとする事情の存在」をも求めている。

何故地方的著名性について、右の二点の要件を持ち込み、絞りをかけることが判例及び法解釈上必要とするのかについての論証もない。

従つて右二つの要件によつて、地方的著名性の中味もしくは特段の事情の中味に更に絞りをかけることにより、形式的無効票を有効票とする裁量の余地を大幅に選挙管理者に与える結果をもたらすこととなる。

こうした結果は先きに述べた選挙の公平さを担保し、決定者の恣意を排除せんとする法六七条、同六七ママ条の趣旨に大きく反するもので、右条項の解決ママ・適用を誤つたものである。

そして右解釈・適用の誤りは、判決に影響を及ぼすものであり、かつ先に述べた最高裁の判例に反するものであるから破棄を免れない。<以下、省略>

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